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第9章 オペラの世界へ飛び出す

TVR工場のみんなは、僕が歌うことについてしょっちゅうぶつぶつ言っていた。というのは、僕は仕事中、いつも何かしら大きな声で歌ってたもんで、マイク・ペニーをずいぶんいらいらさせていたから。「ウエスト・サイド・ストーリー」で僕を見たお客さんからは、もっと舞台をやるつもりはないのかと尋ねられた。舞台を見に来てくれた仕事仲間は、車の塗装なんかで時間を無駄にしてないで、どうにかして歌の仕事をやれよ言ってくれた。何が何でもそうすべきだ、と言ったのは、レコード業界と関わりがあった、あるお客さんだ。その人は、僕がその人の車を磨きながら歌ってるのを聞いてて、で、そういう話になった。僕がこれまでのことを話すと、ロンドンに行って「ドイリー・カート」っていう劇団のオーディションを受けろと言うんだ。なんのことだか僕にはさっぱり。ドイリー?ドイリー・カートってなにもんだ?その人は「その気になればここから抜けだせるのに。そこは君にぴったりだと思うよ。」と言った。それまでにも「今日のステージ&テレビ」っていう、毎週火曜発刊の業界誌の広告蘭で、この辺でやれそうなものを探してはいたんだけどね。今週の募集を見てみると、客船用のショーに、オーディションに、「キャッツ」に出る男性ダンサーの募集に…、で、「ドイリー・カート劇団」の広告を見つけた。あのお客さんが言ってたやつだ。ロンドンで公開オーディションをやっていて、次のイギリスツアーでコーラスをやるメンバーを探してる。僕はその雑誌を持って仕事に行ったけど、なんとかしなくちゃ、って気が焦って、一日中心ここにあらず状態。仕事しながら考える時間はたっぷりあったけどね。でも、引き金を引いていざ、っていうような心理状態で8時間も塗装するんだから、そりゃ集中しろってのが無理な話。



(中略)

 

名前が呼ばれて、僕は目の前の暗闇へ出て行った。ステージ以外どこも暗くて、ピアノのそばに座っている、いいかげんうんざりしたような男性だけがライトに浮かび上がっていた。ステージに出ると声がかかった。「よし、君は、何を歌うんだ?」「フランツ・レハールの『ユー・アー・マイ・ハーツ・ディライト』です」「うん、いいね。じゃ、始めてください」。僕はおずおずと、ピアニストに楽譜を渡した。ここは喜劇をやってる劇団だしね、真面目に覚えたクラシックの曲はこれだけだし。「ウエスト・サイド・ストーリー」よりは、こっちのほうがいいと思ったんだ。父さんの好きな曲のうちの一つだったから、これをしょっちゅう聞きながら大きくなったんだよ。マイケル兄さんが楽譜を持ってたから歌詞も覚えてたし。

そりゃ緊張したよ。だけどピアノが始まって歌いだしたそのとたん、僕の中で炎が燃え上がった。全身が光り輝くような気がした。これだ!間違いない!自信がわいてきて、僕は、フリートウッドの居間でいつも歌ってたように、大きな声で歌った。歌い終わると、ちょっとの間、妙な沈黙。それから拍手。彼らは近づいてきて話しかけ、僕の歳をきいた。それから、劇団の音楽監督ジョン・オーウェン・エドワードに会った。すごい人なんだよ。何年か後に、彼は僕に今のマネージャー、ニールを紹介してくれた。それに、最初にEMIから出したアルバムで指揮もやってくれたんだ。「近々連絡するよ、また会おう。またすぐにね」。


(中略)


最初の公演はめちゃくちゃだった。全部僕のせい。バーミンガムのアレキサンドラ劇場でやった、「HMSピナフォア」だ。僕らは水兵の役で肩にナップザックをかついでる。で、それを袖に投げ込んだら、モップをつかんでタップしながら舞台に戻ってくることになっていた。ところが床にケーブルが引いてあってね、でっかい幕を上げ下げするコントロールボックスに繋がってるケーブル。僕はナップザックを投げた、そしたらそれがケーブルに命中。コントロールボックスは床に転がり落ちてボタンが押され、幕が閉まっちゃった。手を伸ばしてモップをつかんだら、モップが頭を直撃。僕は完全にやられて床に伸びた。幕の内側に引っかかった水兵もいるし、可哀想なカール・ドノヒューは、モップを握ったまま、幕前に取り残されるし。1人でタップしながら、おどおどと周りを見まわしてたよ。僕は幕の内側でひっくり返ったまま。これが僕のオペラ歌手としてのスタートだよ。

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